ときにコミカルに、ときにシリアスに。思い浮かんだ物語を人物で描く。
所属する就労支援施設〈やまねこ工房〉の一室で、安部侑朔さんは静かに絵筆を走らせていた。その姿をもっとそばで眺めたいと安部さんに近づいていくと、「今描いているのは、芋虫です」と、大きな声でハキハキと説明してくれる。
幼い頃から生き物に強い関心を持ち、紙とペンさえあれば、いつでもどこでも動物の絵を描くようになった安部さんの日常は、大人になった今も変わらない。
「絵が完成すると達成感があります。たくさん絵を描いて人に見てもらうのも好きです。人にお願いされて描くのも好きです。良かったら描きますよ」
そう言いながら安部さんはさっと紙とペンを取り出し、下描きなしでするすると描き始めていった。動物のような、動物でないような……? 不思議な生き物がペン先から立ち現れていく。
「できました。サックス(楽器)とキツネを掛け合わせたサックスコンです!」
サックスコン。チャーミングな響きのするキャラクターは、安部さん自身が即興で考案した想像上の物語のなかの登場人物だった。この短時間でキャラクターを生み出すそのセンスとはどこから? 不思議に思い、尋ねてみると、「スマブラの対戦相手をイメージしています」との回答が。
スマブラ。それはマリオ、ピカチュウ、リンク、カービィなど、子どもに大人気のキャラクターたちが格闘し合うゲーム、『大乱闘スマッシュブラザーズシリーズ』のこと。聞けば小学生の頃からこのスマブラに夢中だったという安部さんは、中学に入る頃には自身で創造したファイターを描くようになっていたのだと言う。
「ファイター1号目は『クレヨンしんちゃん』の野原しんのすけ。最初は自分が好きなキャラクターを描いていたんですが、いつからか、オリジナルなファイターが頭のなかに浮かんでくるようになったんです」
細部に至るまで精密に描かれた無数のファイターは、それぞれに人生の物語があると思わせてくれる。
「描くときに心がけているのは、ときにコミカルに、ときにシリアスに。毎日物語を考えています。ときどきアニメキャラを描きたくなるときもあるので、そういう場合は、ゲストキャラとして描きます。さらに芸能人やゆるキャラも、ゲストキャラになることがあります。例えばひょっこりはん(お笑い芸人)や、大分の名産品、『ポッポおじさんの大分からあげ 』のポッポおじさんとかが、そうなります」
ただ自由に、のびのびと描くだけでなく、自分で決めたコンセプトとルールに則って、安部さんはファイターを描いている。できたてほやほやのサックスコンもまた、そんなファイターの一員となった。
得意なことは、コーヒー豆のピッキング。
10歳のときに理科のプリント裏に描いたモノクロの絵が認められ、グループ展などに参加するようになった安部さん。その後はしばらくモノクロの絵を描き続けていたが、13歳でアクリル絵具を使うようになり、以降、カラフルな絵を描くようになった。〈やまねこ工房〉を運営している一般社団法人〈あらやしき〉の代表理事・古山圭二さんもまた、そんな彼の絵のファンだ。
「今から約4年前、〈やまねこ工房〉を立ち上げる際に、侑朔さんをスカウトしたんです。侑朔さんが淹れたコーヒーは美味しいと、お客様から好評なんですよ」。
現在、安部さんは古山さんがオーナーを務めている〈ふくろうの森ビル〉の1Fにあるカフェ、〈ジェラテリアふくろう〉の店員としても働いている。コーヒー豆の選別と、その選別した豆でコーヒーを淹れてお客様に提供することが安部さんの役割だが、豆の選別作業のかたわらで、ファイターの絵を描くこともしばしば。
「集団が苦手な侑朔ですが、〈やまねこ工房〉はそんな侑朔の個性も受け入れてくださって楽しく過ごしているようなんです」と、安部さんの母、雅枝さんは語る。
「年々福祉の制度がよくなっていき、障害のある人たちの安全・安心・尊厳が守られるようになっていきましたが、一方でそれは閉鎖的な空間を生み出すことにもつながって、どこか世の中からじんわりと隔離されていくような感覚があったんです。ですが〈やまねこ工房〉は、福祉施設である以前に街の一部として機能すればいい。もっと色々混じり合ってもいいんじゃない? と言うのが古山さんをはじめとするみなさんの姿勢なので、私自身、すごく共感しています」
描くのが早く、作品を量産するタイプと言う安部さん。小学校の時にお世話になった絵画教室の杉崎珠美先生を〈やまねこ工房〉に講師として招いて、作品を見てもらいながら、大分県内外のグループ展などにも積極的に参加している。
「僕は今、スマホをいじったり、ゲームしたり、テレビ見たり。時にクラシック音楽にはまったり、キャッシュレスにはまったりもしています。だけどずっと変わらないのは動物が好き。絵が好きということ」という安部さんは、どこまでも自分の好奇心に素直なのだろう。彼の淹れたコーヒーをまた飲みに行きたい。