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下書きはしない。その瞬間、瞬間の感動を竹ペンに込めて
毎週土曜日の午前。姫野暁さんの行き先は絵画教室と決まっている。私たちが訪れた日もまた、姫野さんは絵画教室でいつも通り、竹ペンと漫画インクを使いながらミーアキャットを力強く描いていた。
「ミーラ(ア)キャット、描いている、描いた。描いている、描いた。ミーラキャットが好き」
ときおりこちらを意識しながらつぶやく姫野さんのそばには、この絵画教室を主宰する画家の田中巌久さんが寄り添っている。
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勤務していた会社を退職し、55歳で本格的に絵画教室を始めたという田中さん。教室を主宰しながら画家としても活動している。
「さとちゃんは絵の題材を渡した瞬間から下書きなしでいつも描き始めるんです。まるで瞬間、瞬間の感動で描いているような感じで、なんというか、そのアンバランスな感覚が最終的には絵のバランスになっていて、それが彼の絵の一番の魅力になっている。だからね、基本的に私の役割というものはこうして彼のそばに座っているだけ(笑)。たまに塗り込みすぎているな、と思うときに、『さとちゃん、その辺りでやめよう。顔は塗らなくていいよ』と言ったりする程度なんです」
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姫野さんの絵の題材は、田中さんの方で決める。「最近は動物図鑑から選ぶことが多いですね。さとちゃんが描くと面白くなりそうな動物を選ぶようにしています」
幼い頃からハサミを上手に使い、折り紙の鶴、風船などを丁寧に折っていたという姫野さん。その様子を見ていた姫野さんの母、睦子さんの勧めで絵を描くようになった姫野さんは、13歳の頃から田中さんの教室に通い始める。ハサミやホッチキスなど、まずは身の周りにあるものを描くことからはじめながら、少しずつ魚や野菜、植物や動物など、絵の題材もまた多様になっていった。
「最初はさとちゃんに他の子供たち同様、鉛筆の下書きから始まる水彩画も描いてもらっていたのですが、次第にペン画を推してみたんです。それは彼が描くペン画の作品に可能性を感じたから。ペン画は彼の個性がより伸びていく、他の誰にも真似ができない傑作ができる。そう確信したから」。
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自ら車に画材道具を乗せて、土曜日を待ちわびて
以来、絵画教室では竹ペンと漫画インクを使った絵の制作に集中するようになったという姫野さんの絵は、少しずつ社会のなかで評価されるようになる。障害のあるアーティストの才能を支援するエイブル・アート・ジャパンのカンパニーアーティストとして、登録作家に全国の多くの応募者の中から選出。2019年にはスターバックス別府公園店にて原画を展示し、今年の2月には大分県立美術館(OPAM)にて行われた、おおいた障がい者アート展 vol.1 日常のアート「ボクラの世界」にも参加した。
「さとちゃんの作品が社会のなかで認められるようになって、私も本当にうれしいです」と、笑顔で語る田中さんの絵画教室に毎週通うことは、何よりも姫野さん自身が楽しみにしている。
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姫野さんの母、睦子さん。
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睦子さん、お気に入りの作品がこちら。「結構初期の頃の作品なんですが、この絵を見るとじーんとくるものがあって、泣けてくるんです」。
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姫野さんの絵を用いたグッズ。睦子さんが企画・制作し、大分県立美術館(OPAM)のミュージアムショップでも販売されている。
「本人が必ず行きたがるので、絵画教室を休むことはありません。月曜日になると車のなかに自ら画材道具を乗せて、『僕は今週も田中先生のもとへ行きますよ』と、アピールしてきます(笑)。そんな感じなので、教室に通い始めの頃は私も付き添っていたのですが、今では車で送迎だけして、あとは田中先生にお任せしているんです。実際、田中先生との時間によって暁の絵の基礎ができたなと思います」
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毎年春になると田中さんの絵画教室では、生徒による絵画展を別府市内で行っている。
そう話す睦子さん自身、学生時代にデザインを学んでいたこともあり、「表現の世界が好きだから、息子の絵を通じて誰よりも私自身が楽しんでいるのかもしれません」と、全力で姫野さんの表現活動をサポートしている。
「さとちゃん、ちょっと太いわ、変えようか」。
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田中さんがそう声をかけると、姫野さんはそっと竹ペンを置いた。教室には他の生徒がやってくる。生徒の姿を見て笑顔になりながら再び絵に集中。やがて先週から描き続けて完成したミーアキャットの絵を、私たちに見せてくれた。
「できた、楽しい。できた、楽しい」
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