緻密に大胆に描く、モノクロの仏像ワールド。
かたわらの仏像写真をじっと見つめ、迷いなく白い紙に描きとっていく。使うのは黒いペン1本。何度も写真に目をやりながら幾重にも線を重ねるうち、1枚の紙を表情豊かな阿弥陀如来像や地蔵像が大胆に埋め尽くしていった。
障害者支援施設〈たてしなホーム〉で絵や陶芸を制作する工芸班に所属する、栗原勝之さん。長年創作活動を続けてきたが、ここ2年ほど専念しているのが仏像の絵と陶芸作品だ。
「きっかけは仏像の図鑑です。絵のモチーフ用に用意した資料の中でもその図鑑をじっと見ていたので、『描いてみますか?』と聞いたら『描く、描く』と。栗原さんが好きな仏像を自由に組み合わせて、一枚の絵に描いています」
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1枚の絵のなかに、さまざまな仏像を独自のバランスで組み合わせて描く。
そう話すのは、施設職員の小野道佳(みちよし)さん。陶芸作家としても活動する小野さんは、栗原さんの制作を支えるよき理解者でありパートナーだ。
たとえば画材選び。最初のころ栗原さんは、使い慣れたマジック「マッキー」で仏像を描いていた。けれどそれでは仏像特有のディテールまで描けず、手を止めたり混乱した表情を見せたりすることもあったという。そこで小野さんが細いペンを用意すると、以前より写真をよく見て、細部まで書き込む現在のスタイルが生まれた。ランダムな線の重なりは緻密ながらダイナミックで、細部までじっくり見入ってしまう。
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ペン運びは速く柔らかく、白い紙がみるみる埋まっていく。約1週間で一枚の絵を完成させる。
「細かい模様の仏像を描くときは線幅0.3mmや0.1mm、大きめの仏像のときは0.7mmや1mmのペンを渡しています。紙も最初はカレンダーの裏なんかに描いていたんですが、水彩画用紙を用意して。作品には一切口を出しませんが、どうすれば本人の才能を一番発揮できるか、環境だけは整えるようにしています」
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初めて栗原さんの作品に出合ったとき、「多くの人に見てほしい」と強く感じたという小野さん。展覧会への出展、施設や役所に飾る作品制作などを通して、栗原さんの作品を広めている。その甲斐あって、「ザワメキアート展2016」「第2回 日本財団 DIVERSITY IN THE ARTS 公募展」では入選を果たした。
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「仏像を描き始めてから、今まで見たことのない作品に周囲もびっくりしています。お父さんも、入選をとても喜んでくれました。個人的にも、栗原さんが頑張れるものを見つけてほしい。人から認められるのは、やっぱりうれしいじゃないですか」
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一度描き始めると手を止めず、ひたすら集中する。自分でストップすることができないため、だんだん線を持て余し始めたところを見計って小野さんが声をかけ、作品が完成する。陶芸で仏像の立体作品も作るが、釉薬をかけたり窯で焼いたりするのは小野さんが担当。まさに息の合った相棒だ。
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阿修羅像をモチーフに、工芸班の別のメンバーが作った台座と組み合わせたコラボレーション作品。
「栗原さんはなんでもできるから、僕もどんどん新しいことを提案しちゃうんです。今構想を練っているのは、1本のロール和紙を栗原さんの絵で埋め尽くす巻き絵の作品。細部までとことん追求する彼の特色が生かせれば、大作ができるかもしれない」
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普段から寡黙で、取材チームにも少し緊張した様子の栗原さんだったが、小野さんとは呼吸ぴったり。かのゴッホの創作を最大の理解者だった弟テオが支えたように、小野さんの存在が栗原さんの創作の可能性も、作る喜びも広げているのだろう。そう思うと、なんだか温かな気持ちになった。
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