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(カテゴリー)レポート

心地よい「不揃いな音」ができるまで 〈しょうぶ学園〉「otto & orabu」

クレジット

[写真]  大沼ショージ

[文]  岡田カーヤ

読了まで約8分

(更新日)2019年09月03日

(この記事について)

演奏が始まった瞬間、場の空気を変え、音と一体になるかのような恍惚感を生み出す力が、ときとして音楽にはある。障害者支援施設〈しょうぶ学園〉の利用者と職員で構成される「otto & orabu」はそうした力をもつパフォーマンス集団だ。このエネルギーはどのようにできあがるのだろう。鹿児島県の〈しょうぶ学園〉を訪ねた。

本文

音を受け止めながら、自分の体の延長であるかのように楽器を演奏する「otto」のみなさん。その姿からは音楽を聴くこと、演奏することの楽しさが伝わる。

りょうてをあげてしきをするふくもりしせつちょう

会話をするかのように音を紡いでいく「otto & orabu」指揮者/〈しょうぶ学園〉統括施設長、福森伸さん。「僕らの“正解”って、エナジーが来たときのこと。エナジーは激しいばかりじゃない。小さい音でも、ハートが来たときがいいの」。

会話のようなやりとりで静と動を行き来する

「今日は約2 ヶ月ぶりの練習ですね。みなさん覚えていますか?」。鹿児島県にある障害者支援施設〈しょうぶ学園〉の施設長で「otto & orabu」の指揮者でもある福森伸さんの問いかけから、練習は始まった。取材した7 月上旬のこの日は、8 月末の本番に向けた練習の初日。お互いのリズムや気配を確認しあうように音を重ねていった。

「otto & orabu」は福森さんいわく「スーパー素人集団」。「otto」はパーカッショングループで、メンバーは利用者と職員の23 名。鹿児島弁で「叫ぶ」という意味をもつ「orabu」はコーラスグループで、8 人前後の職員で構成される。

演奏が始まると、リラックスした雰囲気の中、飛び跳ねたり、手を動かしたり、周りを気にせず感じるままに体を揺らす。そうせずにはいられないのだろう。音を聴くこと、演奏することをまっすぐに受け止め、楽しんでいるのが伝わってくる。

福森さんの指揮は、そんなみんなと会話をしているかのようだった。向かい合いは真剣勝負。メンバーたちへ、音楽以上に音楽的な表現で思いを伝えると、それに合わせて大きい音、小さい音、流れるような、とつとつとしたような音が、思いおもいの身体表現で返ってくる。

そんな息の合った応酬の中で、いろいろな色彩を帯びた音が混ざり合う。生き物のように静と動の世界を行ったり来たり。音自体が命をもっているかのようにうごめきだす。そんなパフォーマンスを見ていると、演奏している人の誰が障害者で、障害者でないかわからなくなるし、区別する必要性なんてないよねと思えてくる。

曲の練習の合間には名前当てゲームや手品が行われ、みんなの集中力を高めていく。

信頼関係から生まれる「音のエナジー」

曲と曲の合間には、新メンバーの名前当てなどクイズやゲームが行われた。

「さあ、今日、取材に来ているカメラの人は、どこから来たでしょう。1番北海道、2番大阪、3番東京」
「2番大阪!」
「ぶぶー、違いまーす」
というようなやりとりが繰り返され、1 問ごとに笑いが起こる。

間違っても明るく受け流してくれるから、みんなの気持ちが和んでいって、コミュニケーションの密度が高まっていく。こうした信頼関係があるから、メンバーは福森さんの指揮を読み取ることができるし、間違いを恐れず音を出すことができるのだろう。

「今日は、軽めの練習でした」と、練習が終わったあと福森さんはいう。もっとしっかりやるときは、途中で演奏を止めて、やり直しをすることもあるという。どんな「正解」を求めてやり直しをするのか、福森さんの中の基準を知りたくて質問してみると、「すごく良かったからもう一回」という「良かったこと」の確認がひとつ。もうひとつは「その人なりのパワーがでていなかった」ときに、やり直しをすることが多いのだという。

「 僕らの“正解”ってエナジーが来たときのこと。エナジーは激しいばかりじゃなくて、小さい音でもハートがあれば、それでいいの」

こういう考えがあるからこそ、演奏する人も聴く人も、感じるままに音を楽しむことができるのだろう。それって音楽の理想の形のひとつじゃないかなと思う。

キレのある踊りをみせる小松尾彰さんによるブリッジ。

無目的に叫ぶ「orabu」は新人職員の登竜門。今年の新人はこの日が初練習ながら堂々たる叫びっぷり。

おらぶのオリジナルのがくふ。

「orabu」の歌詞に意味はない。普段パソコンにさわらないベテランの給食調理師がでたらめにキーを叩いたものが歌詞となったこともある。


き さんがみぎてにばちをもってじゃんべをたたいているようす。

「otto & orabu」のこと説明してあげるよ。ボンボ担当の記富久さんが言った。

「叫びなんだけど、その声を丸くして、噴煙のように表すのがotto & orabu。
奇跡が呼び起こす、がたがたがたっていう、この表現ができて、雰囲気が変わって、森の妖精たちが寄ってきて叫ぶ。
それをつなぎ合わせて、水の声とか、虫の声とか、いい香りが漂ってきて、それで人間たちが、森のなかで叫ぶような感じで、きこりがやってきて働くようなかたちで、元気でやるようなかたち」


しょうぶがくえんないのにわにりようしゃやしょくいんがあつまってラジオたいそうをしていているようす

〈しょうぶ学園〉の朝は、園内を掃除したあと、ラジオ体操を行う。そのやりかたは、みんなそれぞれ。

Birth of otto & orabu
〜新たな価値観と多様性を生み出す「otto & orabu」という民族の音楽ができるまで

「otto & orabu」の誕生は、〈しょうぶ学園〉のものづくりの歴史と完全にリンクしている。

現在、学園では布、木、土、和紙/絵画造形などの工房があり、利用者の個性を活かして、アートやクラフトを製作。展示・販売を行っている。

特徴的なのは、傷がつけられた木、破れた布、はみだした色など、通常だったら規格外となるものを組み込ませた製作を行っていること。

「ツルツルにする方法を教えるより、ギザギザが得意だったら、それを活かす方法を僕たち職員が考える。ギザギザの板なら、酒膳をつくれば酒がおいしく飲めそうだというように、職員が知恵を出し、創意工夫するというものづくりの方法へ変えていったんです」と福森さんは振り返る。

「職員自身が何を作るか」を考え、実践していくことも〈しょうぶ学園〉の特徴だ。

「職員自身が木工や陶芸の技術を得て作ったものに、利用者が絵を描いて色をつける。利用者は訓練して何かを達成することを目標にするのではなく、持っているものをそのまま出す。職員は知識と訓練によって身につける方法が得意だからそれを活かす。その組み合わせが“しょうぶスタイル”。その中で、組み合わせられないものは、アート作品になるし、職員だけの作品もある」

〈しょうぶ学園〉施設長室。入口の「?」には、「正解はなにかわからない。もっと自由に考えたい」という思いが込められている。

ものづくりと同じ発想で生まれた新しい音

2001 年に結成された「otto」も、こうしたものづくりの方法論と同じ発想から生まれた。「不協和音やずれたリズム」を訓練して正確性を求めるのではなく、ずれたリズムを活かして、職員と一緒に新しい音楽を作ることを思いついたのだ。

楽器といえば、ピアノの鍵盤をグーとパーで叩くことだけという福森さんは、当初「自分に音楽はできない」と思いこみ、ピアノ講師を招いてさまざまな方法を試した。

マイルス・デイヴィスをかけながら、利用者が太鼓を叩くとめちゃくちゃかっこいいけど、利用者の太鼓だけになると、自由すぎて聴けなくなる。だったら講師のピアノと一緒に合わせたらどうかと試したら、盛り上げ方次第でさまになる。高揚するタイミングや息の合わせ方をピアノ講師へ指示しているうちに、日常的に障害のある人たちと接して、どうしたら彼らの注意をひくことができるかを知っている福森さんが指揮をすることになった。

「最初は猛烈に恥ずかしかったですよ」と福森さんは苦笑する。「やっていくうちに、音楽であり、芝居であり、身体表現だと思うようになった。普段どおりの利用者たちのシーンがそこにあったんです。たとえば、みずたまりにたたずみ、ぴちゃぴちゃと遊んでいる人、工房で板に傷をつける人、園内のどこかでぎゃーと叫ぶ彼らの日常が、舞台の上にも現れた。すると、その音や姿をきれいだと思えるし、傷つけた板を美しいとも、ぎゃーとあげる叫び声も、いい声だなと思えてきた」。

「otto」と一緒に演奏していくうちに、それまでの教育で得てきた価値観は、一気にリセットされた。

「なにがいい音で、なにが美しいか。その感覚が変わってきた。ロックを聞き慣れない老人は、ギャーンというひずんだギターの音は不快でしかないけど、若者はかっこいいと思う。そのくらい感じ方には違いがあるから、いろいろな音があっていい。“ドレミ” の次は、必ずしも“ ファ”じゃなくてもいいのだからね」

それはまるで、民族が新しい音楽を生み出しているかのようだと思った。ときに儀礼的に、ときに楽しみのために、自分たちのための音楽を演奏している。その音からは、人々の習慣や生活、働き方や暮らし方が垣間見える。

「otto & orabu」の曲は、福森さんが思いついたフレーズやイメージをふくらませたものに、
セッションで生まれたフレーズなどを組み合わせて曲をつくることが多い。写真は「糸のもつれ」を想像してつくられた曲の楽譜。

おっとあんどおらぶのがくふしゃしん

「ひとみUNDER WATER」

音楽が価値観を変えるスイッチになる

職員だけのコーラスグループ「orabu」が結成されたのは、「otto」結成の5 年後。「利用者に挑戦させているのなら、職員も挑戦してほしい」という福森さんの思いにより作られた。以後「otto & orabu」は、パーカッションと無目的に叫ぶコーラスという現在の形で活動を続けている。

最初の頃は、職員と利用者の立場が逆転する状況が本番前によく起こっていたという。「成功させなきゃというプレッシャーで、“ 緊張という障害” を職員が受けていたんです。その横で利用者たちは、普段どおり楽しそうにしている。今ではだいぶ利用者に追いついて、職員も楽しめるようになりましたね」(笑)。

一見、セッション的に思われることが多い「otto & orabu」の音楽だが、決して自由な音楽ではないと福森さんはいう。ずれたり揺れたりするリズムを矯正することなくグルーヴとして感じられるよう、ルールにのっとってバランスを保ちながら、ひとつの世界をつくりあげているからだ。

利用者だけでは音楽にならない。かといって、職員だけでやってもおもしろくない。そのどちらもがいて、多様性のなかで補い合っているからこそ、一気に新しい世界が開けてくる。

そんなことを考えながら「otto & orabu」のパフォーマンスを見ていると、彼らの音楽は“ 違う世界” を垣間見るための装置のようにも思えてくる。彼らの演奏には、みずたまりの澄んだ水音や、傷つけた木の美しさを感じ、誰かと比べることなく純粋に音が楽しいと気づかせてくれる力がある。音楽が私たち一人ひとりの価値観を変えるスイッチにもなるのだ。


「otto & orabu」
メンバーたちの日常風景

リハーサルのあとは、いつもの持ち場へ。
自分のリズムを楽しみながら、今日も元気に働いています。

つちのこうぼうでさぎょうをするりようしゃのようす。

バンブー・ギター担当/中田麻美(なかたまみ)さん

竹製木琴をニコニコしながら演奏する中田さんが「土の工房」で製作するのは、細部まできれいに成型されたリズミカルな作品。「まみちゃん、なにつくってるの?」と職員が尋ねると「脚」という返答。


ボンボ担当/記富久(きとみひさ)さん

堂々たる叩きっぷりのボンボ奏者、記さんは「木の工房」所属。いろいろな角度にのみをあて、迷いなく木槌をふりおろしてある程度形ができたら、職員が器に成型して販売。丸太一本を彫って着色したアートも作成。


がようしにさかながかかれている

小太鼓担当/吉盛貢世(よしもりこうせい)さん

両手をクロスさせたキメポーズでリズムをとる姿が印象的な吉盛さん。所属する「和紙/絵画造形の工房」で描くのは、民族画のようなプリミティブさを感じる空想の魚。この魚の名前は「ブラックホールアイス サンダーシャーク」。


バイオリン・ダンス担当/小松尾彰(こまつお あきら)さん

ジャンベ担当/関直継(せきなおつぐ)さん

軽やかに踊りバイオリンを弾き鳴らす小松尾さん、なんともうれしそうな表情でジャンベを叩く関さんはともに、学園内にある「そば屋凡太」に勤務。小松尾さんはクールに、関さんは歩く姿さえ楽しそうに、配膳や洗い物をこなしている。


Information
〈しょうぶ学園〉
鹿児島県鹿児島市吉野町5066
電話:099-243-6639
しょうぶ学園 ウェブページ