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(カテゴリー)アーティスト

清水 貴久

クレジット

[写真]  中矢昌行

[文]  水島七恵

読了まで約5分

(更新日)2019年03月25日

(この記事について)

作っているその動機はわからない。けれど作っているときは本当に満たされた表情をしていて、完成した後は一切の執着がないというその姿は、どこまでもマイペースで、どこまでも繊細に見えた。

本文

※商品に貼られている値札は創作物であり、価格については実際と異なる場合があります。
※販売を終了している商品もあります。

貼り付けずにはいられない、作らずにいられない値札

長野県上田市真田町にある地域活動支援センター〈いこいの家〉で支援員を務めている山崎まゆみさんは、ある日、〈いこいの家〉に所属する清水貴久さんが飲み干した空のペットボトルを見て、違和感を覚えた。

「本来そこにあるべきではないもの、“値札シール”がそのペットボトルに貼ってあったんです。商品だから値札シールは貼ってあって当然では? と、思いますよね。でも、ペットボトルを購入したセブンイレブンの商品は、すべてバーコードで管理されていたんです。それもチェックした上で、この値札シール付きペットボトルを発見したということは、ひょっとすると貴久さんの自作……?だとするならそれは面白い!と。以来、貴久さんには内緒で、こっそりそのペットボトルを取っておくことにしたんです(笑)」

つくえのうえに、しみずさんがつくったねふだがはってある、おちゃやジュース、くすりのはこがおいてある。そのほかにおちゃのはいったマグカップ、はさみ、テープ、りょうめんテープ、ボールペン、カラーペンなどが並んでいる。

清水さんが自前の値札を作るときの道具一式。

飲み干したペットボトル。普段であれば、清水さんが自分できちんとゴミの分別をして処分しているものだ。ところがその日は帰りが遅くなってしまい、ゴミの処分は山崎さんの方で引き継ぐことにしたのだと言う。もしも山崎さんが引き継いでいなければ、ペットボトルはごく当たり前に処分されていた。自作の値札とともに。

昼食を買いに行くお店がセブンイレブンだったことから、清水さんが作る値札のほとんどの商品はセブンイレブンのもの。同じ商品をリピートするよりも、清水さんは新しい商品が出るたびにチャレンジするタイプなんだとか。
※商品に貼られている値札は創作物であり、価格については実際と異なる場合があります。

「こっそりと取っておくことにしたのは、貴久さんに変な影響を与えたくなかったからなんです。貴久さんは値札シールを作ってペットボトルに貼って、誰に見せるでもなく処分していた。だからこそ、私自身がこのペットボトルを価値あるものだと認識していることを知られない方が今は自然だなと、そのときは判断して。それからしばらくは貴久さんの様子を見つつ、ゴミの処理は私でやりますよと言いながら、裏ではこつこつ集めていました」

清水さんの値札に気づいた〈いこいの家〉の支援員・山崎まゆみさん(左)と、〈風の工房〉のアート担当・宮坂芽衣さん。

定員20名、生活介護の通所施設〈風の工房〉。利用されている方の作品の展覧会開催や、イベント等での作品の販売などを通して社会との関係を築きながら、創作活動の励みとなるような取り組みをしている。

ペットボトル、プリン、チョコレート、アイス、パックのジュースなど。少しずつ清水さん自前の値札付きの商品が集まるにつれ、山崎さんは〈いこいの家〉と同じ、「社会福祉法人かりがね福祉会」が運営する生活介護の事業所、〈風の工房〉でアート担当の支援員を務めている宮坂芽衣さんにも商品の数々を見せた。

本物の値札と比べるとやはり違いはわかるが、自作の値札もそれはそれで説得力がある。
※写真の商品は、現在販売終了しています。
※商品に貼られている値札は創作物であり、価格については実際と異なる場合があります。

「山崎さんに教えていただいた瞬間に、これは!って思いました。〈風の工房〉では貴久さん、主に絵を描いているんですが、まさか値札も描いていたなんて、びっくりしたのですが、以来観察してみると〈風の工房〉でも描いていたようなのです。それでスタッフと貴久さんのご家族にも相談しながら、障害のある方の芸術作品展、『信州ザワメキアート展2017』にも出展することになったのですが、結果、見事に入選! 実際、ザワメキアートと言えば、貴久さんがぴったりだと思いませんか? 値札を見た瞬間、心がザワザワします(笑)」

「貴久さん、値札を作るときにシールの真ん中にちゃんと本物らしく小さな切り込みも入れているんです!これを見たときに感動しました」と山崎さん。

〈風の工房〉と〈いこいの家〉をはじめとする「社会福祉法人かりがね福祉会」が運営する事業所は、他にも複数、この上田市真田町に点在していて、各事業所にはそれぞれ役割がある。清水さんはもともとそのひとつである〈アトリエFuu 〉という生活介護の事業所に通っていたが、賑やかな〈アトリエFuu〉の空間は自閉スペクトラム症のある清水さんにとって、馴染みづらい側面もあることから、現在はより自分のペースで過ごせる〈いこいの家〉に通いながら、ある程度集団での活動も重視している〈風の工房〉にも通っている。宮坂さんは言う。

小さい頃から絵を描くことも好きだったと言う清水さん。昔は画材もさまざまだったが、今は色鉛筆で描くことが多い。

「貴久さんは自分の習慣がはっきり決まっている方なので、私が〈風の工房〉でサポートできることは、送迎をすることと足りなくなった画材を準備したりといった本当にささやかなことなんです。あとは貴久さんのペースですべてをやっていくと、貴久さん自身が寝る時間もなくなってしまうくらい時間が足りなくなってしまうので(笑)、そういったなかでどれだけアートと向き合う時間を確保できるかということも、一つ課題ではあります。何より私自身、貴久さんの作品のファンなんです」

〈風の工房〉で清水さんが絵を描く時間は長くて30分、短くて5分くらい。絵を描くこと以外にも、自分のルールや習慣が数多く存在していて、それが終了しないと絵が描けない。


作っているその時間がすべて

アートやものづくりが活発に行われている〈風の工房〉のアトリエを覗くと、壁や机にはここで創作された絵や立体作品が賑やかに点在していた。奥の部屋に向かうと、きれいに整ったデスクで、清水さんが静かに作業をしている。「こんにちは」と、小さな声で挨拶をしながら、筆談というスタイルで清水さんにいくつか質問をしてみた。

周囲の音に敏感だと言う清水さん。支援員とのやりとりも筆談を基本としている。

「値札はどうして作っているのですか?」
「作るのは楽しいですか?」
「お茶が好きですか?」

ホワイトボードに書いたこれらの質問に対し、とてもきれいな字で回答をくれる清水さん。それもすべて漢字にはルビつきだ。

「貴久さんは国語力がすごく高いんです。難しい漢字もものすごくよく知っていて、私が漢字を間違えると訂正も入ります(笑)」と山崎さん。

「前は憩いの家で作っていたけれど、今は家で作っています。(作るのは)意外と楽しいです」。

値札を作る本当の動機はわからなかったが、清水さんの書く文字を見ながら、なんてまっすぐで丁寧な人なのだろうと思った。

「貴久さん、とっても緊張される方なんです。だからご挨拶するときの声もとても小さいですし、言った途端にすっとその場からいなくなるので、みなさん気がつかないことも多いのですが、本質的には人が好きな方なんですよ」

目の前の清水さんを見つめながら、山崎さんの言葉の深さを実感する。

「普段あまり表情に感情が表れない方なんですが、値札を作った瞬間、絵が出来上がった瞬間の喜びの表情はすごくわかるんです。とても満たされた表情をされるから。清水さんにとっては作っているその時間がすべて。出来上がったものにはまったく執着はありません。その連続のなかできっと前を向いているんでしょうね」

帰りの時間、車に乗り込もうとする清水さんに手を振ったところ、笑顔で一瞬手を振り返してくれた。今も、その清水さんの笑顔が心に焼き付いている。


関連人物

清水 貴久

(英語表記)Takahisa Shimizu

(清水 貴久さんのプロフィール)
1985年長野県上田市在住。20歳の頃より、「社会福祉法人かりがね福祉会」が運営する生活介護の事業所〈アトリエFuu〉に所属。その後、地域活動支援センター〈いこいの家〉に所属を移行し、並行して生活介護の事業所〈風の工房〉にも通うようになり、創作活動を行う。本物そっくりに値札を書いて貼ったペットボトルの作品が、「信州ザワメキアート展2017」にて入選。