大好きな記憶を、文字と絵に留める。
「つばめ」「しずか」「らくせき」「そば」といったひらがなもあれば、「観光」「工事中」「熊本」「凱旋門」などの漢字もある。佐久田祐一さんが画面いっぱいに貼り付ける大量の「切り絵文字」は実にカラフルで、味わいあるフォルムを備えている。一見、何の脈絡もないような言葉たちは、母の和代さんによれば「祐一の心に深く刻まれている人の名前や物、思い出」とのことで、文字の造形のみに注目して選び取られたようにも思えるが、じっくり見ていくとどこかに繋がりが感じられるものも多い。これらの文字群と、同じく色彩豊かでユニークな人や動物、建物、記号などを組み合わせたコラージュとして構成される佐久田さん独自の作品世界は、日々の生活の中で出合い、記憶している文字や情景などから、日記のように生み出されてきたという。
「乗り物や旅行が大好きなので、旅先で見たものがモチーフになることが多いですね。新幹線に乗ってから作り始めた『つばめ』シリーズや、フランスのパリの展覧会に参加する予定があって、ガイドブックを繰り返し眺めていたことから生まれた『パリ』シリーズなど、時期によってテーマを少しずつ変化させながら制作してきました」
今年32歳になる佐久田さんは小さな頃から粘土遊び、精密な掃除機やトイレの配管図をサインペンで描いて遊ぶのが好きだった。「何かを貼り付けて遊ぶのも大好きで、家の壁に広げた画用紙に切った紙などを次々と貼っては、壁いっぱいになるとはがして、ということを繰り返していた」という。
こうした貼り絵を作品として制作するようになったきっかけは、佐久田さんが養護学校中学部に通っていた頃、美術部の夏休みの活動で先生が用意してくれた大きな画用紙の真ん中に、色紙の魚を1匹、ハサミで切り抜いて糊で貼り付けたこと。次々に魚を貼り始め、1週間、毎日2時間ほど制作を続けた。新学期に入ってから、制作した貼り絵を先生がパネルにしてプレゼントしてくれた。
「そこで初めて、息子のやっていることが“作品”になるんだということを知ったんです。以前は制作の始まりも終わりもわからず、曖昧になっていたのですが、それからは私がベニヤ板をカットしてボードを作り、そこに画用紙を貼って一枚のパネルにするようになりました。そこに貼り終わった時点で『終わったから、新しい紙がほしい』と言ってくれるようになって。私も息子も、少し意識が変わったように思います」
ほぼすべてが自分の部屋の中で作られたその作品は高く評価され、2006年に浦添美術館で行われた「アートキャンプ2006『素朴の大砲』展」を皮切りに多くの展覧会に参加、2010年にはフランスで行われた「アール・ブリュット ジャポネ展」にも出品している。
佐久田さんは数年前から日常の行動が不安定になったこともあり、グループホームで生活しているため、作品制作は休止中。沖縄県浦添市の「社会就労センターわかたけ」で植木や畑の世話などをしながら日々を過ごしている。
「ホームでの生活は規則もありますし、家でやっていたように、夜中ずっと制作するというようなことはできませんが、最近は少し安定してきたので、小さなアトリエも作り、少しずつ作れる環境を整えていけたらと思っています。やはり普段の生活を穏やかに過ごせることが大事ですから、今はお休みして、またいつか本人の気が向いたら描き始めるだろうと、見守っていくつもりです」