徹底的に観察した上で、架空の世界を作り上げる。
エスカレーターのステップ(踏み板)の表面に施された「溝」の一つひとつを、定規と鉛筆で丁寧に細かく描き込んでいく。沖縄県浦添市の〈わかたけアート〉に所属する志多伯逸さんは学生時代から25歳になる現在まで、「エスカレーターのある風景」を描き続けている。ある時は駅、ある時はスーパーマーケット……そこに描かれる景色のディテールはどれも現実に即したリアリティのあるものだが、風景自体はほぼすべて架空のものであり、志多伯さんの想像によって生み出されたものだ。
とは言え、その作品はもちろん、日々の徹底した観察から生み出されている。「子どもの頃からエスカレーターが大好きで、今もお休みの日があれば、県内のショッピングモールなど、いろいろな所に見学に行っています。先日、東京に行った際にも、お台場のアクアシティへ行って、エスカレーターをずっと見ていたんですよ」と、母の和枝さんは笑う。そうしたエスカレーターをどうやって探しているのかと志多伯さんに尋ねてみると、「自分でパソコンやスマホを使って調べている」との答えが返ってきた。モールや駅などのホームページから現場の写真を探し、気になるエスカレーターを見つけ出すというから面白い。取材時に制作していた作品は、最近見た近隣のモノレール工事の現場にあったエスカレーターが元になっているそうだ。
志多伯さんが主に描き続けているもうひとつの題材が「花火」。黒画用紙に色とりどりのゲルインキボールペンで描く花火の絵もまた、実物を観察することから生まれている。「浦添てだこまつり」ほか、地元の大きな花火大会には、毎年ほとんど欠かさず出かけてきた。家では「花火」を描き、週一度の〈わかたけアート〉の活動ではエスカレーターを描くのが習慣だが、近年は橋や電車などの「土木系」シリーズも手掛けるようになっている。
いずれの作品にも、風景の細部に至るまで見逃さない観察と、それをそのまま描くのでなく新たな絵画世界として再構成するイマジネーション、繰り返し線を重ねていく高い集中力が感じられる。
「特別支援学校の美術教諭をされていた朝妻さん(現在、〈わかたけアート〉で創作の支援と指導を担当)に出会ったことが、創作へ向かう大きなきっかけになった」と和枝さん。その縁から、現在の〈わかたけアート〉での活動へと繋がり、朝妻さんらが企画する浦添市美術館の「アートキャンプ 素朴の大砲」展や、2013年に岩手県の〈るんびにい美術館〉で開催された「沖縄アドベンチャー」展ほか、県内外での展示も経験している。昔から大好きだったエスカレーターや花火、それらを見るだけでなく自分なりに表現することで、その世界はさらに広がっている。