ボランティアの“キモチ”が“わかる”まで
「(ラーメンを)ふーして(食べさせて)」「水ちょうだい」「背中かいて」……挙句、深夜に「バナナ買ってきて」。
大泉洋さん演じる鹿野靖明さんが、昭和時代の亭主関白かのごとくボランティアにあれこれ指図するワガママっぷりが繰り広げられる冒頭シーン。「う、こいつ嫌い……」と思う人は結構いるかもしれない。妻でも仕事でもなく、無償奉仕なのだと思って観ていると、なんだか気の毒になってしまうくらい鹿野さんに振り回されるボランティアの人たち。出だしからこれで、この主人公のことを好きになれるだろうか……と、私自身も不安がよぎったのでした。
かく言う私はと言うと、現在「片想い」というバンド活動と、墨田区にある「御谷湯」という銭湯の三代目を務めております。私の店には身体障害者のための福祉型家族風呂があり、加えてお店の掃除には知的障害や精神障害のある方々の就労支援NPO法人が入ってくれていて日々共に作業をしています。そしてそれ以前は、10年近く知的障害のある子どもたちの放課後活動を支援する福祉施設で働いておりました。
つまり私はバリバリの福祉畑の人間ともいえるのですが、筋ジストロフィーについての知識はほぼ皆無。この映画を通じて初めて知る機会を得ました。当たり前のことですが、「障害者」といっても千差万別であるし、同じ病名であってもできることできないこと人それぞれなんですよね。こうした時、「障害者」と一括りに扱われているモヤモヤを再認識。
さて、そんな福祉経験者の私ですら引くほどの鹿野さんの“わがまま”。それに無償で付き合うボランティアにどうしても目がいきます。
時に罵倒され、時にセクハラまがいの言葉を吐かれながらも懸命に尽くす姿には「何があったらここまでできるのだろう」という疑問がわいてきます。高畑充希さん演じる新米ボランティア・安堂美咲の「鹿野さん、何様なの?」という率直な言葉にも共感してしまうほど。
しかし、劇中では鹿野さんとボランティアとの間に、どんなわがままも受け止める家族のように強固な関係を築いていった個々のエピソードは特に出てきません。初めは、そのことに戸惑いましたが、ボランティアの面々のこれでもかの献身ぶりや、時おり映る整頓された鹿野さんの部屋、ホワイトボードの予定表や彼らの何気ない会話などをみていると、彼らが信頼関係を作っていった日々がじんわりと伝わってくるのでした。
通じ合う瞬間は、取るに足らないきっかけから
私が知的障害のある子どもの支援施設で働き始めた頃、印象に残っているのがダウン症の男子高校生でした。会話はできず、食事排便等全介助で日課は施設の近所を手を引いて散歩すること。私の仕事はたったそれだけでしたが、新米の私は信頼してもらえず散歩中に何度も座りこまれて立ち上がらせることができなくなり、先輩に迎えにきてもらうことを繰り返していました。
ある日のこと、いつものように座り込んでしまった彼と疲れ切った私。今日こそ助けを借りずに帰りたいと思ってはいたが、解決策が見当たらず途方に暮れていた時、ふと夕飯の仕度をする近所の家から焼肉のいい香りがしてきました。「あー、お腹減ったな〜」と彼を見ると、いい匂いにつられたのかスッと立ち上がって私の腕を掴んで歩き出します。2人で匂いのありかを探してウロウロ、「どこだろうね?」と話しかけると、ものすごく破顔してニッと笑いました。
この日を境に、なんだか言いようのない信頼関係が出来上がり、私は彼の専属となりました。
そんな些細な、描くまでもないけれどグッとくる瞬間が彼らの間にあったのではないだろうかと、観ているうちに自分の記憶まで蘇ります。
鹿野さんと向き合ったボランティアは総勢約500名。鹿野さんに呆れてすぐ辞めていった人もいるのだろうけれど、彼ら一人ひとりと胸に響くさまざまなエピソードがあったと想像するだけで、世の中捨てたものじゃないと思えてきます。
そうして勝手な妄想をしていると、あれだけ不安だった私がいつのまにか鹿野さんのことを「愛おしい」と感じるまでにいたる不思議。誰かの手を借りてでも自由に生きたいと、自らの命に真摯に向き合う鹿野さんの姿が次第に浮き彫りになり、大きく見えてきます。たぶん、鹿野さん自体は特に変わらず最初から最後までふてぶてしくて繊細でムカつく愛しい人なのでしょうけれど。
物語が進むにつれて、自分の眼差しがコロコロ変わっていく、ヘンテコなようでどこまでも温かい映画です。
『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』
- 2018年12月28日(金)より全国公開
- 監督:前田哲
- 脚本:橋本裕志
- 出演:大泉洋、高畑充希、三浦春馬
萩原聖人、渡辺真起子、宇野祥平、韓英恵/雷竜太、綾戸智恵/佐藤浩市/原田美枝子 - 原作:渡辺一史『こんな夜更けにバナナかよ 筋ジス・鹿野靖明とボランティアたち』(文春文庫刊)
- 配給:松竹
- ©︎2018『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』製作委員会
[STORY]
難病・筋ジストロフィーによって、体で動かせるのは首と手だけという車椅子生活を送る鹿野靖明(大泉洋)は、親にも病院にも頼らず、アパートで自ら集めた大勢のボランティアとともに暮らしている。医大生のボランティア・田中久(三浦春馬)と、田中の恋人で思いがけず新米ボランティアとして加わることになる安堂美咲(高畑充希)。そして、鹿野を献身的に支えるベテランボランティアたち。図々しくて、おしゃべりで、惚れっぽい、鹿野の強烈なキャラクターに、美咲は反発しながらもだんだんと惹きこまれていく。
*作品の詳細や劇場情報は公式サイトよりご確認ください。