幾層にも塗り重ねられるクレヨン
おひとりさま専用の座敷のような半個室。床よりも一段高く大きさは一畳ほどか。そこに背の高い男性があぐらをかきクレヨンを握っている。ここは京都市伏見区の〈アトリエやっほぅ!!〉で、彼は国保幸宏さん。数々の展覧会に参加した経歴を持ち、このアトリエに所属する19名の中で木村全彦さんと並ぶツートップ的存在だ。
この日、あじさいを描いていた国保さん。いつもスタッフが用意した写真をいくつか見て描きたいものを選ぶのだそう。その写真を見ながら描くのだが、彼の手つきは描くというよりも塗り込むというか、紙の下に敷かれたマットの激しい痕跡が物語るように、力で色を侵食(侵色?)させんばかり。そんな勢いでぐいぐいと制作は進んでいく。クレヨンを幾層にも重ねて紙に擦り付けるため、紙は尋常ではない重厚なモノとなり、もはや立体物のようなオーラを放っている。先日、完成したばかりのオムレツの絵も“おいしそう”などお決まりの観点では測れない。まるでブラック、いやイエローホール。そんな国保ワールドの深度がある。
スタッフの松岡芽以子さんにお聞きすると「昔は何週間もかけて描いていましたけど現在は3日から1週間ほどで完成」するそう。当然クレヨンはすぐに使い切ってしまうそうだ。黒が好きで、手にすると最終的に画用紙が真っ黒になってしまうこともあるが、黒にフォーカスしなければ対象物の色を確認しながら塗り込んでいく。今まさに、カラフルなあじさいの絵が完成間近だ。
クレヨンを指と同化させるように
描く対象にグラデーションがある場合、色が明確でない箇所で手が止まってしまうのだが、この日も松岡さんに「あじさい描いてる。何色? 何色?」と尋ねていた。けれど松岡さんは「う~ん、何色ですかね」と即答はしない。というのも「色を聞かれても一緒に考えます。ほんとに悩んで、ずっと手が止まっているときはヒントを言いますけど、具体的な色はなるべく言わないようにしています。ここでは本人の独創性を大切にしているので」
あらためて〈アトリエやっほぅ!!〉は、それぞれの個性に合わせて制作しやすい空間を整えることに注力されている。中でもやはり国保さんの制作スペースは最も特徴的だといえる。制作しやすい、どころか、国保さんは突然立ち上がったり、気ままに寝そべったり。体が大きいのでこの空間では窮屈そうに思えるが、もはや一国一城の主。このスペースをすっかり気に入っている。
聞けば国保さんは、壊れかけのものを見つけると大興奮し破壊する衝動があるというが、そのエネルギーを画用紙にぶつけている、というのは早合点かもしれない。けれど、制作を眺めていると、クレヨンを指と同化させるように、つまり、サックは付けているが直接指を擦り付けているように見えた。想像するに、この描く行為は、壊す行為と同じような原初的な快感に従っているんじゃないかとも思えてくる。
最後に国保さんは時々、アトリエに来る道中にいろんなものを拾って持ってくる、ということを聞き、今とても気になっている。というのも、もしこの小さな根城から立体作品が生まれるならそれはどんなものだろう。デストロイな側面がある国保さんが自ら構築する立体作品とはどんなものだろう。そんな、これからの勝手な期待をせずにはいられなくなったからだ。