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みんなでつくる「お祭り」の時間。NPO法人芸術家と子どもたち(東京)

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赤い服を着た、ダンサーの新井英夫さんが、鹿本学園の子どもと体を動かしています。

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みんなでつくる「お祭り」の時間。NPO法人芸術家と子どもたち(東京)

クレジット

[写真]  松本昇大

[文]  村岡俊也

読了まで約5分

(更新日)2018年12月21日

(この記事について)

言葉を用いない人と人との関わりは、すべてダンスと呼んでいいのかもしれない。特別支援学校・東京都立鹿本学園で行われたアーティストによるワークショップは、子どもたちの自主性をできるだけ引き出すようなプログラムが組まれていた。とても示唆に富んだ、踊りの時間。その場に居合わせた人々が少しずつ互いを知るような、プロセスがそのまま作品となるような、コミュニケーションの場となった。

本文

自由に自分を出せる場を作る

〈芸術家と子どもたち〉というNPOはその名の通り、アーティストを学校や児童養護施設へと派遣するコーディネートをしている。〈Artist’s Studio In A School〉、その頭文字をとってASIASと呼ばれる彼らの活動は、現在では年間におよそ90カ所で行われている。中でも公益財団法人東京都歴史文化財団アーツカウンシル東京と共同主催する〈パフォーマンスキッズ・トーキョー〉プロジェクトでは、東京都内の学校に声をかけ各校約10日間のワークショップを展開している。代表の堤康彦 さんは言う。

「子どもたちには元々、表現をするとか、面白いことをするとか、みんなと違うことをやってみるとか、そういう潜在的な能力があると思うんです。大人に怒られたり、周囲との関係を気にせずに自由に自分を出せる環境を作ってあげれば、自然に伸びていくはずだと思ったのが、このNPOを立ち上げた理由です」

ピンクの筒状の衣装で全身を覆った新井さんが、教室に登場。

中でも障害のある子どもたちとアーティストたちは非常に「相性がいい」と堤さん。ある意味では過敏で繊細である彼らの感覚が、「隣の人と同じように見えているはず、という“当たり前”を、“本当は違うのかもしれない”と気づかせてくれる」から。世界のさまざまな見方や感じ方を提示することは、まさしくアーティストの役割の一つであるはずだ。

NPO法人芸術家と子どもたち代表の堤康彦さん。


エネルギーのやりとりのために

「できるだけ自主性を引き出すような、アイディアが欲しかったんです」という教員たちの要望に応えるためにアサインされたのが、自身を体奏家と称するダンサー、新井英夫さん。ピンクの筒状の衣装で体全体をすっぽりと隠し、巨大なミミズのような動きで教室に現れた。太鼓のリズムに合わせて子どもたちに近づき、筒状の衣装の中に子どもたちの顔や体を入れてしまう。その不思議な動きによって、あっという間に新井さんが“いつもとは違う空気”を作り出していく。

新井さんが笛を吹きながら、円になって座っている子どもたちのところを順にまわる
新井さんが太鼓などの打楽器を持って、円になって座っている子どもたちのところを順にまわる

“筒”を脱いだ新井さんが、今度は風になって、葉っぱである子どもたちを押していく。肢体不自由な子たちにも、体に触り、また離れていく。さらにスカーフを使ったダンスへと子どもたちを導き出していく。普段は、車イスに座っている子どもたちを、マットに座らせ、あるいはウォーカー(歩行器)を使って輪の中心へと誘い出す。太鼓やカリンバ、さまざまな楽器のリズムに合わせて動いたり、動きを止めたり、大きな動きはなくとも、そこに“やりとり”が生まれていることがわかる。一歩踏み出した子どもに、教員たちから歓声が上がる。それは彼らの自主性が表現された証であり、普段とは違う動きをしていることを示している。新井さんは言う。

「僕が大事にしているのは、エネルギーのやりとりって言うのかな。風が吹いたら木がなびくとか、お日様が照ったら花がそちらを向くとか、そういうものに近い、その場の即興で出てくるエネルギーのやりとりを大事にしたいんです。そのためには目から入る情報だけでなく、音や圧、振動、あらゆる感覚を味わうことできたらいいなと思っているんです」

「あっちいこう」と新井さんが指をさしながら、歩行器で歩く子どもと一緒に進んで行く
首にピンク色の布を巻き、新井さんや先生のサポートでゆっくりと歩く子ども。

子どもの内面と繋がるチャンネル

風船のように膨らましたビニール袋の先に、押すと音がなるストローで作った笛をつけてある。体で押すと音が鳴り、同時に風船が震えて、少しずつ空気がなくなっていく。つい触りたくなるような仕掛け。たくさんのペットボトルと鈴を床に散らし、リズムをとるように子どもたちの体をポンポンと叩いたりもする。ついリアクションを求めてしまいそうだが、反応を求めること自体が一方的だと新井さんは考える。

「反応をしないっていうのも意志の表れだし、体で反応していなくとも心の中が動いていればいいと思うんです。筋肉の機能として動けないお子さんたちでも、心はきっと動いている。動きや表情にアウトプットがないからといって、心がないっていうことは絶対にないですから。それが大前提。その上で、いつもよりも目で追ってくれるとか、ほんの少し動かそうとしているとか、その少しの変化をこちらが見逃さない。こちらの感度を上げていくことで、子どもたちの内面と繋がるチャンネルができるような気がしています」

子どもたちを見て、「まるで自分のある部分を拡大しているようだなっていう感覚になる時がありますよ」と微笑むのは、子どもたちが自分たちの感覚に素直に従う様子を垣間見ることができるから。

車椅子から降りて床に横たわりながら、風船のように膨らませたビニール袋を先生と一緒に鳴らす子ども

「普段はあまり動きのない子が、ウォーカーを使って僕のことを追いかけてくれるんです。彼は行きたいところに行く、しかも人と関わるっていうことに興味がある。それはまさしくダンスだと思うんです。彼らと一緒に過ごすことで、ダンスってなんだ?っていう根本的なところを僕自身も問い直すことができるんです。キレイに回れるとか、そういうことではないダンスの意味というか。できる/できないっていう価値観ではない世界の重要性を感じています」

連続9回のワークショップの最終回には一応の発表会があるとはいえ、技術的な向上が目的ではない。毎回、エネルギーの交流があればいい。右肩上がりの成長曲線ではなく、上がったり下がったり、その変化自体を楽しむことができるかどうか。新井さん自身も新しい価値観や物の見方に気づかされている。

「まるでコミュニティの祭りを作っている感じ」と新井さんが語るのは、ワークショップの1時間は、生徒たちと新井さんだけでなく、教員や空気を共有する人々みんなが作り上げるものだから。

ワークショップが終わり、教室を出て行く子どもたちを、笛を吹きながら一人ひとりお見送りする新井さん。

Information

NPO法人芸術家と子どもたち
現代アーティストといまの子どもたちが出会う「場づくり」を行う。1999年に発足し、2001年からNPO法人化。学校や施設などを中心に教育や福祉分野を横断して、アーティストによるワークショップを実施している。

東京都豊島区目白5-24-12 旧真和中学校4F
TEL : 03-5906-5705