写真には写らない風景画
「490回目の美術部です! よろしくお願いします!」。元気よく男性が入ってきた。ここは〈西淡路希望の家〉の美術部、彼は部員の前田泰宏さんだ。490回というのはこれまでの部活動の通算日数だそう。美術部のスタッフ金武啓子さんいわく「仕事をしているときも、今は何枚目の袋詰めとか頭で考えながらやっているみたいです」。
前田さんは、昼間〈西淡路希望の家〉で仕事をし(この日はチョコレートの箱の組み立てをされていた)、水曜日の16時半と土曜の10時、“いつもぴったり”部室に現れ、制作を開始する。この日、他の部員たちがCMソングなどを口ずさんだり、各々自由形の制作を謳歌する中、ひとり部室の隅に立てたイーゼルに向かう前田さん。最初の挨拶以降は黙々と、だがそれはいつものことで、このまま「ずっと休憩せず」のスタイルだという。
前田さんが描く作品は主にアクリル絵具による風景画で、この日は神戸の王子動物園のフラミンゴがいる池、を描いていた。キャンバスと左手に持った写真をまるで細かい図面と照らし合わせるように凝視している。といえば、どれだけ写実的なのかといえばまったくそうではない。むしろ写真には写らない美しさを、写真を見ることで確認しているような気さえしてくる。
「前田さんはカメラが好きで、旅先などで撮った気に入った写真をキャンバスに合わせてトリミングして描くんですね。でも私たちの見えている風景と違うというか。私たちが描かないというか、見えていない風景を描く。そこは不思議ですね」と金武さん。
やりがいがあります、やりがいがあります
前田さんに尋ねてみると「風景とかを写真を見て描いてます」と早口で答えてくれた。平面で見ると抽象的な切り絵のようにも見える、この独自の視点をどうやって獲得したのだろう。気になるところだがそれ以上は話しかけられないオーラが。かなり繊細な手つきで作業は進んでいく。絵筆からひとつひとつの色を丁寧にドロップしている。その所作を眺めていると金武さんの「とにかく普段から真面目な」という言葉にはうなづけるし、きれいに履き込まれたニューバランスも彼のきっちりとした性格を表しているようでもある。美術部では最初の2年間、毎回ゼロからの制作で、続きを描くことができなかったそうだが現在はそうではなく、すでに前田流の世界認識の方法を確固たるものにしている。
「小さい頃に習っていた油絵の描き方がベースとなっているみたいですが、あまりに作品がすごいので、美術部の時間だけでなく日中も描いてみます?と聞いてみたら、昼間は仕事します!って。絵を描くことは余暇という感じで仕事ときちんと分けているみたいです。働きたい気持ちも強いみたいです。毎日描いてもいいんじゃないかなとも思うんですけどね」
終わりの時間が近付くと入念に手を洗い、片付けを始めた前田さん。そしてみんなと一緒にみたらし団子を一本食べて、490回目の美術部は終了。最後にこの部活のことを聞くと「やりがいがあります、やりがいがあります」と早口で答えてくれた。