外に向けて、ちゃんと欲しいものを
ざっと〈西淡路希望の家〉の紹介をすると、ここは1985年に開設された、主に知的障害のある方が通う生活介護・就労支援の施設。いかにも施設、というような4階建てだけれど、中に入ればいたるところに作品が展示してあったり、階段に絵が描かれていたり、どこか小学校のようなムードで和んでくる。スタッフの金武啓子さんに聞けば「もともと利用者のみんなと関わりのあった地域の学校の先生や保護者の方によって、子どもたちが学校を卒業してもみんなで働ける場所をつくろうと始めた」という。現在60名ほどの利用者がここで手織りや軽作業などに従事している。
「たわし、ハンガーなどの制作やチョコレートの箱を組み立てたり。それと海外から個人輸入される商品にシールを貼ったり。有名ミュージシャンのコンサートで販売されるタオルを畳んだり。仕事はほんとにいろいろあります。それらの作業はステップ班が担当しています」と金武さん。利用者は障害の程度や好みにより各班に分かれ、作業や運動のレクリエレーション等を行う。班はステップ班、チャレンジ班、アクセス班、そしてクリエイト班の4つ。クリエイト班は軽作業ではなく、手織りやマットなどを制作しているのだが、それらの直売をはじめとしたマーケットイベントが「スーパーハイパースペイシー宇宙市」というわけ。
「以前から手織りの商品をここで販売することはやっていたんですけど、宇宙市は新しい展開として、ですね。それまで作った商品は関係者だけが買う、というスパイラルになっていたこともあって。これからは、今まで手織り展を担ってくださっていた縫製経験豊富なご家族の方々と一緒に、新しいもの、今欲しいものを外に向けて作りたい、と思っていたんですね。それであるとき、手織りで作ったクッションを雑貨店の友だちに見せたら、めっちゃかわいい!って。そこからいろんな商品展開が始まったんです」
大学生は福祉系!と興奮
年に2回開催される宇宙市では、手織り製品以外にも夏はTシャツ、冬はカレンダーの制作にも力を入れている。クリエイト班だけでなく、入場者プレゼントのグッズ制作など、宇宙市にはすべての班が関わり参加する。手織りの作業は施設の2階で、製品への加工は屋上4階の作業場で行われている。育てているというゴーヤのカーテンを抜け、出現した秘密基地のような作業場で見せてもらったサンプルはこれぞハイパーでスペイシー!? 「いわゆる福祉の作業所で作る製品にはないようなものが出来上がった」と言うのもうなずける。
「バッグの裏地を蛍光とかキラキラとかラメにしてみたら意外と手織りの反物に合うな、と。世間はオーガニックな方向に進んではいると思うんですけど、うちはケミカルな方向に(笑)。この前、大学生たちがうちの商品を見て『これって福祉系やん!』って興奮してたのも新鮮でしたね。(ポーチなどに)プリントされている絵なんかも面白く、風変わりに見えてるのかなと思います。でも戦略とかはなくて、自分たちが欲しいものをみんなで相談して作っただけなんです。イベント名の由来はよく聞かれるんですけど(笑)、沢尻エリカさんが話題になったとき、旦那(高城剛)さんの職業がハイパーメディアクリエイターだったのでかっこいいな、と。それをヒントに(笑)」
宇宙市では、みんなが積極的に店番なども担当するそうだけど、そのモチベーションのひとつはボーナスだという。さすがはアキンドの町なのかも。
「宇宙市の売り上げがみんなのボーナスになるんです。毎回、利用者さんと職員でボーナス委員会を作って発表会をするんですが、そのイベントがまた盛り上がるんです。それがやりがいになってますね。ここのみんなに共通してるのはお金に無頓着じゃないこと。それは他の施設の方にも驚かれるんですけど」
金武さんいわく最終的にこの宇宙市を通して就労への流れを作るのはもちろん、地域とのつながりを持つことを目指しているそう。噂を聞く限り、それはだんだんと広がっている様子。当日会場はカオス状態になるというし。
「狭いからなんですけど、ここでグチャグチャになってるのがいいって言ってくれる人もいます。だんだんお客さんも増えてきていますね。目的としてはとにかくいろんな人にここに入ってきて欲しいんですね。宇宙市はそのきっかけになれば。普段から地域の人にもこの施設に入ってきて欲しいんです。ちょっとトイレを借りるとかでもぜんぜんいいんですよ」
寄り道的な時間を過ごす場所
そして、もうひとつ〈西淡路希望の家〉には美術部がある。金武さんが利用者の中に「絵が好きな人、描きたい人がいることがわかってきて」2003年に発足させた。現在、部員は12名で月3回、4時半から2時間ほど隣接する施設で行われている。
その部室もスーパーハイパー系かと思いきや、さながら昔の美大のアトリエ。ここで、それぞれ熱心に自由形の創作に打ち込んでいる。部員の中には東京での展覧会に参加する気鋭のアーティストもいるけれど、金武さんは、「宇宙市などの外に向けた製品を作ることと美術部での創作はまた別のものとして考えている」という。それは前提としてこの部活動が利用者の、いわば生活の余白のようなものになれば、と考えているからだそう。
「目的は発足当初から変わらず、みんなが寄り道的な時間を過ごす場所であることです。施設に通う方々は、自宅、あるいはグループホームとの行き来のみで、ちょっとあそこに寄ってから帰ろう、ということがないのです。だから美術部を始めるにあたり考えていたことは、働いて、仕事帰りに何か好きなことができる場所があったらいいなぁと」
部員一人ひとりが独壇場
部室には、緩衝材のプチプチの一つひとつに色を塗る部員。非常に恐ろしい漫画を描く部員。似顔絵を描く(ために描かせてくれる人を探している)部員。架空の電車路線図を持参したラジオを聞きながら描く部員。ズボンに色を塗り始めた部員。昭和のCMソングを歌い続ける部員などがいた。クセが強いのは当たり前、といわんばかりに繰り広げられる独壇場のフリースタイル。ハイパーメディアクリエイター軍団なのかもしれない。もういっそ、この部室をストリーミング配信してみてはどうだろう? とか浅薄にも頭によぎってしまったのは、それは社会にはいろんな人がいて、いろんな考えがあるけれど、その“いろんな”はまだまだ足りない。そんなことをこの小さな部室が表現しているように見えたから。
「この部屋では、何も創作する気がなくてもOK。みんなと喋る。独り言を言う。音楽を聴く。本を読む。それだけでも大丈夫な時間、場所であることが目的といえば目的です。活動は月3回ですが、水曜日の4時半にチャイムが鳴り、仕事を終えてこの部屋へ走ってきてくれる部員さんを迎えることは本当に嬉しいのです」
最後は誰かが持ってきた、みたらし団子をみんなで一本ずつ食べてこの日の美術部は終了。創作が取り持つ部室内の交流は学生時代のようで懐かしくもあり、羨ましくもあった。
Information
西淡路希望の家
大阪府大阪市東淀川区西淡路1-13-28
TEL : 06-6323-4991
社会福祉法人ノーマライゼーション
西淡路希望の家