ニューヨークを拠点に活躍する演出家ピン・チョンによるドキュメンタリー・シアター・シリーズ「Undesirable Elements」の日本版オリジナル作品。障害のある方や社会に生きづらさを感じている方で、プロ・アマを問わず「自分自身を表現したい!」という出演者を募集し、選ばれた6名に長時間にわたるインタビューをおこなった中から、さまざまなエピソードをその本人が語る、ドキュメンタリー演劇です。
【キャストプロフィール】
大橋ひろえ
栃木県小山市出身。聞こえない世界の住人。栃木県宇都宮市私立作新学院を卒業した後、手話演劇やDANCE、自主映画製作を始める。1997年に制作したビデオ作品「姉妹」で「SIGHT・サイト映像展」に入選。1999年、俳優座劇場プロデュースの「小さき神のつくりし子ら」で主役・サラに一般公募で撰ばれ、好評を博す。この舞台で第七回「読売演劇大賞」優秀女優賞を受賞。その後、渡米して演劇やダンスの勉強をする。2006年、サインアートプロジェクト.アジアン初企画サインミュージカル「Call Me Hero!」をスタートし、好評を得る。現在、俳優として活躍中。
Julia Olson
岐阜県生まれ。ロンドン、東京、カリフォルニアで育つ。19歳の時、交通事故により、ほぼ全身の自由を奪われる。人生を一変させた事故以後、沸き起こる恐怖、喪失感、自己懐疑ほか数多の感情を克服し、生来の明るさを取り戻す。懸命で継続的なリハビリにより医師の予測を覆す回復を見せる。リハビリ後、日本に移り外資系金融会社に勤め、現在は都内で婚約者と暮らす。自身の回復と変化を遂げていく姿をウェブサイトで発表し、多くの人々に勇気を与え続けている。
成田由利子
東京生まれ、東京育ち。筑波大学付属小学校・立教女学院中学校・高等学校・立教大学文学部英米文学科卒業。大学卒業間際に突然、右目が見えにくくなる。6年間会社勤務の後、結婚。2人の子供を出産する。その後、右目の視力を失う。2010年ごろに左目も見えにくくなり、2017年ごろから視力はさらに低下する。現在、視覚障害2級。趣味はカラオケ、キーボード演奏など。
西村大樹
14歳から独学でクランプを初めとしたストリートダンスを始める。大学からコンテンポラリーダンスを始め、「第29回全日本高校・大学ダンスフェスティバルin神戸」にて全国3位となる。「東京なかの国際ダンスコンペティション2017」創作部門にて、ソロとして「なかの洋舞連盟賞」受賞。IDC響第5回公演にて、平原慎太郎作品出演。2018年3月「アジア太平洋障害者芸術祭」にてDAZZLE作品へ参加。NHKなどのメディア出演でマイノリティーが放つ身体表現の魅力、軟骨無形成症当事者が向き合う社会問題を伝えている。自由舞踊団 Wallva主宰、Integrated Dance Company響-kyo・アガイガウガ Powerd by SOCIALWORKEEERZ所属。
HARMY
4歳から新体操を始める。第20回、21回全日本ジュニア新体操選手権大会、団体競技において優勝(キャプテンを務める)。平成16年10月、財団法人千葉県体育協会から功労賞を受賞。新体操引退後、20歳からダンスを始める。21歳で難病「多発性硬化症」を発症。数回の再発を繰り返し、29歳で記憶障害、遂行機能障害、注意障害、半側空間無視で障害者手帳を取得。新体操チーム,フィギアスケート選手、ダンススタジオなどにおいてダンス指導、作品提供を行う。ステージに立つまでが大変だが、舞台の上で障害は一切感じさせない。難病、障害からくる苦しみ生きづらさを自分だけの表現に変えてゆく表現者。
岩本 陽
統合失調症2級、性別違和(身体が女性で心が男性)のダブルマイノリティー。小学生高学年から中学生までイジメにあい、高校2年生で耐えられなくなり中退をする。そして、家に引きこもる生活を送る。家族との関係も悪化していたため、誰にも打ち明けられなかった。その後、精神病を発症する。精神のリハビリ、ジェンダークリニックに通院。障害者雇用枠で働くが退職。その後精神の施設を利用したり、LGBTの自助グループにも参加しながら、画家という生きる道が見つかり、活動している。
日本財団DIVERSITY IN THE ARTS追記:岩本陽さんは2019年にご逝去されました。心よりご冥福をお祈りいたします。
レポート
本公演はマルチメディア演劇のパイオニア的存在でもあり、2014年にはアメリカで芸術家への最高の栄誉であるNational Medal of Artsを受賞した演出家ピン・チョンによる〝Undesirable Elements(アンデザイアブル・エレメンツ/存在を望まれない分子たち)″の最新作であり、1995年読売演劇賞作品賞を受賞した『ガイジン~もうひとつの東京物語』以来、実に24年ぶりの日本での創作です。
本作では現代の日本社会で様々な「障害」や「生きづらさ」と向き合う6人にスポットを当て、演出家の阪本洋三とともに、社会に潜む課題に切り込んでいきました。公募で選ばれた6人全員が聴覚障害、視覚障害、脊椎損傷、難病、性別違和などを抱えており、自らの人生を時系列に語っていくスタイルです。
2018年12月、選考で選ばれた出演者とピン・チョン、阪本洋三、制作チームと共に都内での稽古が開始しました。稽古は平日夜6時から9時、土日は朝10時から夕方5時まで。6人からヒアリングした話をもとに作り上げられた台本を読み合わせ、一つひとつの言葉やその時の気持ちを丁寧に確認し、修正を重ねていきました。そうして出来上がった台本のセリフを、出演者は徐々に自分の中に落とし込んでいきました。
ピン・チョンは稽古前に必ず準備運動を行い、遊びを取り入れながらチームとしての一体感を生み出していきました。やがて稽古中に自分のセリフ回しだけではなく、誰かがセリフを言い忘れた際に他の出演者がとっさにフォローするなど、自然と連携していく空気が生まれていきました。また、出演者の1人で、画家の岩本 陽さんがチームの似顔絵を描いてプレゼントをしたり、視覚障害のある成田由利子さんが移動する際に誰かが当たり前のように手を差し出すなど、助け合い、繋がりあっていきました。
約1か月半の稽古を終え、東京と大阪で合わせて7回の公演を行い
この作品は「人と少し違う」ということで差別や偏見にさらされながらも前へ進もうとする人々の物語であり、根底には自らの人生を生き抜く力強い意志と未来への希望がこめられたものでした。だからこそ、多くの人の心を揺さぶるものとなりました。個々の物語が積み重なって大きな歴史となってきたように、彼らの声が重なり合い、やがて大きな輪となって社会に広がっていくと期待します。
【作・演出】
Ping Chong
演出家、振付家、映像アーティスト、Ping Chong + Company創設者。 演劇にメディアを取り入れたパイオニア的存在の国際的アーティスト。1972年以来、国内外で100を超える作品を制作する。人形劇やダンス、ドキュメンタリー劇、サウンド、メディア、その他の実験的な演劇手法を取り入れ、アフリカで隠ぺいされた大虐殺から中国の近代化、9.11以降のアメリカでの若いイスラム教徒の体験まで幅広いテーマを探求している。1995年東京国際舞台芸術フェスティバルで『ガイジン~もうひとつの東京物語』を阪本洋三氏と共作・共同演出で発表。アメリカ最高位の芸術賞・National Medal of Arts(国家芸術勲章)のほか、BESSIE賞(ニューヨーク・ダンスパフォーマンス賞)、OBIE賞(オフ・ブロードウェイ演劇賞)を受賞。
【企画・共作・共同演出】
阪本 洋三
舞台芸術プロデューサー、演出家。NHKドラマディレクターを経てフリーに。ニューヨークを拠点に異文化の共存・共生を目的とした国際的文化交流のNPOを立ち上げ、国際交流基金Performing Arts JAPANや文化庁の日米舞台芸術交流事業、NHKのドキュメンタリー番組制作など文化事業の企画制作を手がけた。またブロードウェーの芸術家とオリジナル・ミュージカルを制作・演出したり、ニューヨーク・シティ・バレエ団やダンス・シアター・オブ・ハーレムの団員らと舞踊作品を作り発表してきた。チョン氏とはニューヨークで出会い、Undesirable Elementsのオリジナル・キャストとして参加、再演時には演出補佐を務めた。現在、近畿大学文芸学部芸術学科舞台芸術専攻教授として研究・教育にも携わっている。