糸や布、繊維を素材にした作品は、工芸や美術といったジャンルを問わずたくさんあります。本展では16組の作家に注目し、彼ら彼女らが糸や布と向き合うことで生まれた作品の数々を紹介します。
タイトルとなっている「いと」は糸であり意図でもあります。 経糸 と緯糸 が交わることで布があるように、一人の作家の意図ともう一人の意図とが交わることでどのような空間が生まれるのか。8組の展示空間をつくりだします。
【参加作家】
上原美智子
1949年沖縄県生まれ。東京で柳悦博に師事して織物を始める。沖縄に戻り、大城志津子に沖縄の伝統的な織物を学ぶ。1979年「まゆ織工房」を設立し、独自の織を手がけるようになる。「あけずば織」と名付けられたその織物は、沖縄の言葉でとんぼ(あけず)の羽(ば)を意味する通りにとても薄く、透明感をたたえている。
上前智祐
1920年京都府生まれ。少年時代より絵画に興味を持ち、1947年には二紀会に入選。その後、吉原治良に指導を仰ぎ、1954年に具体美術協会の結成に参加。解散するまで在籍し、点と線が稠密する抽象画を描きつづけた。1970年代後半からは、糸や木、マッチの軸やおがくずなど多様な素材を用い、綿密な手仕事による制作を行っている。
呉夏枝
1976年大阪府生まれ。2012年京都市立芸術大学美術研究科博士課程を修了。主に染織、刺繍、編む、結ぶなどの技法による制作活動を通じて、自らのルーツやアイデンティティを探求してきた。さらに近年では、海路を手がかりに個人の物語や歴史を「私たち」の記憶として共有するためのプロジェクトに取り組んでいる。現在、オーストラリアに在住。
加賀城健
1974年大阪府生まれ。2000年大阪芸術大学大学院芸術制作研究科を修了。習得した染色の技法とその思考を基礎にして、従来の染色工芸の枠には収まらない多様な表現に挑戦しつづけている。美術と工芸の境界を往来しながら実験的に生みだされる作品の数々は、染色の源流へと遡る思索の軌跡でもある。
北村武資
1935年京都府生まれ。中学校を卒業後、京都西陣で織の道に入る。1959年に龍村美術織物株式会社に入社し、その後、独り立ちへの歩みを始める。1972年に中国で発見された古代織「羅(ら)」の写真を見て関心を抱き、研究と制作を重ねる。1995年には「羅」のわざで、2000年には「経錦(たてにしき)」のわざで重要無形文化財保持者として認定された。
熊井恭子
1943年東京都生まれ。1966年東京藝術大学美術学部を卒業後、一枚の布に出合ったことをきっかけに織による布づくりを始める。1975年頃から布を膨らませてみるために金属素材を採りいれ、織以外の様々な技法も試みている。金属の光沢とバネの性質を活かした独自の技法は有機的なかたちを生みだし、大気にいのちを宿している。
鈴田滋人
1954年佐賀県生まれ。1979年武蔵野美術大学日本画科を卒業後、「鍋島更紗」の復興と研究に尽力した父 鈴田照次の後を継ぐ。木版と型紙を併用し、小さな型の繰り返しから実現される空間は揺らぎをかもし、着物の枠を超えて大きく広がる。2008年に「木版摺更紗」のわざで重要無形文化財保持者に認定された。
須藤玲子
1953年茨城県生まれ。武蔵野美術短期大学専攻科を修了後、武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科テキスタイル研究室助手を経て、1984年に株式会社布(NUNO)の設立に参加。現在は取締役デザインディレクターを務める。日本の伝統的な染織技術から現代の先端技術までを駆使し、新しいテキスタイルづくりをおこなっている。
関島寿子
1944年台湾生まれ。1966年津田塾大学英文学科を卒業。1975年から4年間ニューヨークに在住し、ジョン・マックイーンなどから現代的工芸のアプローチを学んだことが大きな転機となる。あらゆるかごを素材―構造―形態の関連性から分類して独自の「かごづくりの定式」を打ち出しながら、創作において思索と実験を繰り返し、自在な造形を生みだしつづけている。
髙木秋子
1917年北京生まれ。1937年福岡県立女子専門学校を卒業。十代から洋画を学ぶが、戦後、織の道に進む。様々な染織技法を研究しながら、やがてスーピマ綿という超長繊維に魅せられ、その特質を活かす織として独自の風通織に到達した。二重織でありながらしなやかで、裏の色が表に映える美しい織である。2008年に死去。
ヌイ・プロジェクト
鹿児島の知的障害者支援施設「しょうぶ学園」のなかで、1992年から始まった布の工房活動である。まっすぐに間違いなく縫う作業が課されるのではなく、ひとりひとりが自由に針と糸を動かしつづける行為が尊重される。現在27名のメンバー(園生)と 5 名の工房スタッフの協働により、日々多様な表現が生みだされている。
平野薫
1975年長崎県生まれ。2003年広島市立大学大学院芸術学研究科博士後期課程を修了。古着の衣服を糸の一本一本にまで解き、再構成する繊細なインスタレーションを手がけている。糸という素材に還元されることで可視化された時間は、作家が作業に費やした時間ばかりではなく、他者の記憶や衣服に染み込んだ歴史と結びつく
福本繁樹
1946年滋賀県生まれ。1970年京都市立美術大学専攻科を修了。1976年から染色作品の発表を始める。染を日本固有の文化として捉えなおした著作もあり、蠟染と布象嵌を二つの柱として自在な創作活動を展開している。またニューギニアをはじめとした南太平洋の島々へのフィールドワークを繰り返し、民族藝術への造詣も深い。
福本潮子
1945年静岡県生まれ。1968年京都市立美術大学西洋画科を卒業。自身の中にある空間イメージを表現できる色として青にこだわりつづけ、1970年代後半より藍染を始める。近年では生産の途絶えた自然布を素材にして、布に蓄積された歴史的な風土や日本的な生命力を藍染の青によって引き出すという新たな展開を見せている。
堀内紀子
1940年東京都生まれ。1964年多摩美術大学美術学部デザイン科を卒業後、渡米し、1966年クランブルック・アカデミー・オブ・アートで修士課程を修了。編みによる作品を制作すると同時に、70年代からカラフルなネットによるプレイ・スカルプチャーを手がける。1990年 Interplay Design & Mfg. Inc. を夫の Charles MacAdam と設立し、Public art for kids を掲げて活動している。
宮田彩加
1985年京都府生まれ。2012年京都造形芸術大学大学院芸術表現専攻修士課程を修了。当初は自身で染めた布に手刺繍を施した作品を手がけていたが、やがて刺繍をメインにした制作を始める。コンピューターミシンの特性を逆手に取って、意図的にバグを介入させ、縫い目が飛んだり不自然に糸が重なったりするエラーを表現に取り込んでいる。