国民の4人に1人以上が経験するといわれる「こころの健康問題」。本人やその家族にとって大きな苦しみをもたらし、社会的な問題であるにもかかわらず十分理解されていないのが現状です。
この展覧会と会期中に催される数々のトークイベントは、そんな「こころの健康問題」と向き合い、多様性を尊重する社会づくりを進めることを目的としています。
展示は以下の3つのコーナーと特別展示で構成されています。
有馬忠士・夢宇宙の闇と光をめぐる旅
有馬忠士(1940-1982)は、1940年東京生まれ。1953年、父の経営する製薬会社が倒産、家族全員が自活生活に入りました。高校卒業後、流民生活を送った後、指折りの飾り職人となりましたが、結核のために療養所入所。この頃、デッサンや油絵の制作に専念します。結核療養所を退所後に独立し、飾り職人としての仕事は完成度を高めていくなか、婚約者が病死、1971年には幻聴や幻覚が始まり、精神科病院に6回入退院。この頃、再び絵画創作活動を復活させました。数回の転居の末に、神奈川県横須賀市の山の中に居を定め、1982年に心臓麻痺で死去するまで、500点近い作品を制作しました。
王様と私と強者たち
土佐病院デイケア絵画クラブで30年にわたって講師を務める織田信生の作品を展示します。織田は、古くから土佐病院デイケア絵画クラブメンバーの一人、岡田進さんをモデルに描きました。岡田さんは誰からも好かれるデイケアの人気者で絵画クラブにもずっと参加していました。黙って座っているのが苦手というモデルで喋るか寝るかでしたが、織田にとっては良いモデルでした。
本展示では、昭和の終わりから平成のはじめにかけて岡田さんと岡田さんをモデルに描いた織田の作品、そして土佐病院デイケア絵画クラブに参加してくれた強者たちの作品を展示します。
クロマニンゲン集合
鹿児島県では、クロマニンゲン展実行委員会(代表:坂井貞夫)による「クロマニンゲン展」が2011年から開催されています。
——突然変異の芸術家たち「クロマニンゲン」。約4万年前、人類は突然絵を描きはじめた。クロマニヨンと名付けられた彼らは、明晰な頭脳と豊かな妄想力によって興味深い芸術を生み出した。それは人々の心に大きな影響をもたらし、文明へと発展し劇的な進化を遂げた。現代社会はその人類の英知の集大成である。しかし、人類は今、混沌の時代に突入したようだ。まるで矛盾した設計によってつくられた絶叫マシンに乗せられ、悲鳴と恍惚の叫びを上げているように見える。こうした現代の多次元的な衝撃波によって、芸術家たちに新たな異変が起きているのではないだろうか。ここに突然変異の天才芸術家たちを「クロマニンゲン」と名付け、そのユニークな作品展を開催し未来の始まりを見たいと思う。——
鹿児島の「クロマニンゲン展」にヒントを得て、過去から現在へ、そして未来へとつながる「クロマニンゲン」の系譜を、個々の作家と作品への敬意を表して「クロマニンゲン集合」としました。
〈造形教室〉共同作品
1968年から精神科病院内で継続されてきた〈造形教室〉。「治療」や「教育」といった、上から与えられ、課せられ、外から評価、解釈されるものではなく、それぞれが表現活動の主体となって自由に描き、身をもった自己表現の体験を通して、その人その人の内に潜在する可能性を引き出し、もう一人の自分と出会い、自ら を ‘‘ 癒し” 支えていく「営みの場」を目指し、試行し続けています。
[特別展示] 東野健一作品
東野健一は1947年神戸生まれ。40歳で会社勤めを辞め絵描きになり、インド西ベンガル州に渡り、古くから伝わるポトゥア(絵巻物師)に出会いポトゥ(絵巻物)を自作・自演するようになりました。
描かれるのは想像上の世界を含めた動物や植物、インドの神様など。
差別への静かな怒りをもちながら障害のあるなし、国境を超えて明るく交流し、“表現者”として生ききり、2017年1月、入院している病院での展覧会を最後に旅立ちました。