2021年に大阪・茨木で初演されて以来、緊急事態宣言により1年越しの延期上演となる東京公演では、実際に障害がある俳優と創作を共にした初演時の経験をもとに、作品を大幅にアップデートして上演される。
これまで童話や事件など物語の枠組みを借りながらも自伝的作品を作り続けてきたトリコ・A。主宰の山口茜が3年の歳月をかけて「障害のある人」に取材し創作したのが、本作『へそで、嗅ぐ』である。
山口は本作で会話劇に正面から挑みながら、自らも含めたマジョリティの持つ特権性を問い直す。作中に描き出されるのは、自分は差別をしないと思っている人でさえ、マイノリティの人たちを無意識的に排除してしまうこの社会の現状だ。共生社会を目指しながら、今なお抱える差別の問題に対して、トリコ・Aは演劇作品で問いを投げかける。
トリコ・A
山口茜が手掛ける劇作および演出作品の上演を目的に、公演の都度、出演者・スタッフを集めて活動する。東京国際芸術祭リージョナルシアターシリーズ、精華小劇場オープニングイベント、大阪芸術創造館クラシックルネサンス、愛知県芸術劇場演劇祭、アトリエ劇研演劇祭、文化庁芸術祭などに参加。近年はアクセシビリティサービスとして、無料の託児サービス、聴覚障害の方のための字幕サービスなどを実施。今後、音声ガイド等取り扱うサービスを広げていきたいと考えている。
あらすじ
へそは、昔も今もそこにあり、これからもあり続けるのです
古家隆子は、小さな町にある小さなお寺で、両親と共に暮らしている。彼女の定位置は大きな松の木のある庭に面した縁側。ある時は父の読むお経とともに、ある時は縫い物をする母とともに、彼女の毎日は過ぎていた。ある日、父が倒れ、お寺に妹一家が引っ越してくることとなった。看病で不在となった母の代わりに、隆子のもとにはヘルパーが派遣され、父の不在でにわかに権力を持った住み込みのバイトに友人の出入りを制限されてしまう。隆子の環境は本人のあずかり知らぬところでどんどんと変化していくが、隆子はただそれを、受け入れていた。ヘルパーが口を出すまでは…。
上演台本・演出 山口茜コメント
2018年に障害を持つ方とワークショップをさせていただいた時、みなさんが、障害者としてではなく、1人の俳優として創作に参加したいと思っておられることを知りました。そして私自身、俳優を目指していた頃に、自分のままで俳優として必要とされることは難しいと感じ、ダイエットをしたりと、本来の俳優としての訓練ではない努力をしていたことをふと思い出したのです。そして過去の私を救うためにも、障害を持つ人が、世間の決めた「属性」で判断されることなく、俳優訓練に邁進できる場を設けたいと思ったのです。
2021年、関西での初演を終えて、環境から障害を取り除くことの難しさや、自分の無知や狭量さを思い知りました。手を差し伸べるつもりで取り組んだ公演で、奇しくも私は私の無力さと向き合うこととなったのです。
今回の公演では、前回の稽古場や本番で私の中に起きた現象を、物語の中に取り入れたいと思います。へそで、嗅ぐとはどういうことなのか。今も答えの出ないこのタイトルの意味を、是非確かめにおいでください。