大切な人に似せた人形を縫う、石を刻んで像を建てる、プラモデルの型を取る、眼前の花を描き写す。あるいは、生き物に模した細工を神に供える、亡くなった人が遺した形見に持ち主の存在を感じとる。本当はそこにない。だけど、ある。そんなふうに、何かをかたどった「模型」は不思議なあり方をしています。もちろん、いくら実物そっくりでも、もとになった何かとよく似ているだけの物体にすぎないのも確かなこと。にもかかわらず、単なる「もの」に対して特別な想いを重ね合わせ、あたかもそれがひとつの生命であるかのように接してしまうということもまた、かたどられたものにまつわる私たちの現実にちがいありません。
本展「かたどりの法則」は、なぞり模して再現的にかたどることにより生み出された多様な表現をご紹介するものです。手に入れてもすぐに無くなってしまうもの、亡くなって今はもうこの世にいない人、存在したかもしれない命、かつてあった街並みや生活など。人それぞれあたえられた条件や環境の中で生きるしかない私たちの暮らしには、そうした「不在」が必ずどこかで訪れます。ひとたびなくなってしまえば、もうこの手でふれることはできません。だからこそ、私たちは「代わり」を求め、それをつくるのではないでしょうか。
そこにないものや失われたものを全く同じように生き写す魔法はこの世にありませんが、「ない」けど「ある」を実現する創造の法則はあるかもしれないのです。
【出展者】
勝楽佐代子(かつらくさよこ)
1929年京都府生まれ。30歳の頃、聴覚障害者同士で結婚。直後、夫の進さん(2015年逝去)が、親の意思によって強制的に断種手術を受けさせられる。夫妻は、農業による自給自足や廃品回収の仕事などで生活をする中、1975年頃より、集めた瓶や買い求めた素材をもとに、手づくりの洋服を着せた人形の創作を開始した。2006年には、「子どもの代わり」という自作の人形約50体をたずさえ「ふくろうの郷」へ入居。本展では、それらの人形のうち7体を展示する。
森冨茂雄(もりとみしげお)
1929年山口県生まれ。15歳の時に広島で被爆し、原爆で家族5人を失う。戦後、兄と繊維販売会社を開業。退職後、60歳の頃より、少年期に暮らした場所や旧中島地区を中心に、失われた爆心地の街並を記憶にもとづいて克明に再現する鳥瞰絵図を描き始める。全43枚の鉛筆画は、証言画集『消えた町 記憶をたどり』として刊行。映画『この世界の片隅に』で戦中の広島を描く際の参考にもされた。本展では、在りし日の街の様子を伝えるその原画を展示する。
富永 武(とみながたけし)
1948年大阪府生まれ。中学卒業後、様々な仕事をして暮らしたのち、2013年頃より釜ヶ崎で生活。2014年頃、図書館で手に取った西洋からくり人形の書物に触発され、独学でからくり人形の創作を開始した。自らが飲酒したビールの空き缶を切って成形した素材など身近な材料を使いながらも、ユーモラスで複雑な動きを実現するその活動からついた愛称は「からくり博士」。本展では、通天閣や人物などをモチーフにした独自のからくり人形を展示する。
綾野月美(あやのつきみ)
1949年徳島県生まれ。大阪で約40年間暮らした後、東祖谷名頃地区へ帰郷。農作業をする中、父親に似せた「かかし」をつくり設置したことをきっかけに、家族や親しい人、亡くなった村民などを模したかかし人形の創作を開始。これまでにつくった人形は450体を超える。現在30名ほどが暮らす自宅周辺に点在する人形は270体以上。その来歴から、集落は「かかしの里」として知られるようになった。本展では、それら自作のかかし人形を展示する。
深澤優典(ふかざわまさのり)
1949年東京都生まれ。2018年3月に閉店した「河内屋糸店」の元店主。2016年逝去。高校卒業後、実家が営んでいた手芸店で働き始める。自営のかたわら、器用な手先を生かし、愛好する車や動物の模型、自宅の家具などを制作。2003年頃からは、店内にある手芸品や廃品などを素材に「地球外生命体のミイラ」の創作を開始した。店内に陳列していたその模型はNHKなどテレビ番組でも紹介。本展では、現存する自作の「地球外生命体」を展示する。
山本佳治(やまもとよしはる)
1972年福岡県生まれ。広島県在住。20歳の頃、幼少期より愛好し身近にあった着せ替え人形の毛髪を全て抜き取り、代わりに様々な毛糸を移植して独自の髪型に編み上げるという創作を開始。その一方、自ら「リカちゃん」と呼ぶ黒い描画や本・雑誌などの紙面上にセロハンテープ紙芯の断片を配置し糊や唾液で固めたうえ、セロハンテープを何重にも巻きつけ半透明で層状の塊をつくるという行為を行っていた。本展では、それらの表現を展示する。
大竹徹祐(おおたけみちひろ)
1977年岩手県生まれ。宮城県在住。幼少期より絵や音楽、書字など創作を好む。以降、現在に至るまで、かつて視聴したテレビ番組や芸能人・学校の先生・手描き書体・図鑑で見た花といった様々な対象を題材に、記憶をたどりながら、ノートやガムの包み紙の裏面などへ描くことで毎日をすごしてきた。お菓子や筆記具など欲しいものを描いた「注文票」は、家族との意思疎通の手段にもなっているという。本展では、それら多様な再現画を展示する。
小田原のどか(おだわらのどか)
1985年宮城県生まれ、東京在住。彫刻家。彫刻・銅像・記念碑研究。博士(芸術学)。版元運営。最近の論文に「長崎・爆心地の矢印:矢形標柱はなにを示したか」(『セミオトポス12』所収)。近著に『彫刻 SCULPTURE1』、『彫刻の問題』(白川昌生、金井直との共著)、共編に『原爆後の七〇年 – 長崎の記憶と記録を掘り起こす』。本展では、長崎の爆心地に建てられていた矢形標柱を主題とした作品《↓》(2011〜) を展示する。
熊田史康(くまだふみやす)
1992年滋賀県生まれ。2011年から「やまなみ工房」に所属。幼少の頃より、水に対してのこだわりが強く、外出時には必ず最初にその場所にあるトイレを確認し、水洗を流すことが習慣化。その後、小学校へ入る頃よりトイレの平面図を描き始め、10歳頃には段ボールやセロハン紙などを使ってトイレの立体模型を創作する現在のスタイルが確立された。本展では、これまでにつくられた様々なトイレの自作模型を展示する。
島村祥太(しまむらしょうた)
1999年福島県生まれ。広島県在住。高校生の頃、ダンボールを素材に用いて精巧な模型の創作を開始した。それぞれ独自に編み出される仕組みによって自在な可動性を実現。複雑な構造の模型でも、設計図は基本的に作成せず、直接ダンボールを裁断し組み立てていく。自作したマスクやスーツを身につけて「ダンボールマン」となり、パフォーマンスも実演。本展では、生き物・乗り物・武器など様々なものを模したダンボール作品を展示する。
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