美術館に展示されている作品。これらは、テーマやサイズ、素材、色、形、タイトル、見せ方など、作者による様々な選択の過程を経て制作されています。さらに、学芸員やキュレーターによってその作品が選ばれ、皆さんの前に展示されます。
一方でわたしたちも生活の中で、日々、選ぶことを繰り返しています。例えばそれは「今日どんな服を着て過ごすか」「どのテレビ番組を見るか」「ランチに何をたべるか」などの小さな選択から、「どんな学校にいくか」「どんな仕事をするか」「誰と結婚するか」「どこに住むか」といった大きな選択まで、挙げればきりがないほどです。
毎日、想像もできないぐらい多くの「えらぶ」が暮らしの中で行われています。ですが、そんな何気ない日々の選択の積み重ねで、わたしたちの文化や社会は作られているともいえるのではないでしょうか。
本展では、様々な選択を経て生まれた作品や、私たちに「えらぶ」ことを投げかける作品が展示されます。選ぶことや残すことに思いを巡らせ、その次を考えるきっかけとなるでしょう。
【出展作家】
乾久子
1958年静岡県出身・在住。美術家。東京学芸大学大学院修士課程修了。2008年、コミュニケーションをテーマとし社会と美術をつなげる作品として、くじびきドローイングワークショップを発案。
大路裕也
1987年三重県出身・在住。2009年から〈やまなみ工房〉に所属。常に周囲を意識し自分自身を演出している彼の自己アピールの一つに作品制作がある。緻密なドローイング作品を描く。
佐藤悠
1985年三重県出身・茨城県在住。東京芸術大学先端芸術表現科博士課程修了。主な活動に、1枚の紙に絵を描きながらその場にいる全員で即興で物語を作る「いちまいばなし」、他多数。
根本将
1991年福島県福島市出身・二本松市在住。本宮市にある多機能支援センタービーボに通所しており、創作活動や、もぎとりの作業を行なっている。色を選び、何本も直線をひいた作品を描く。
ハーモニー
東京都世田谷区にある就労継続支援B型事業所。利用者の体験をもとに製作した「幻聴妄想かるた」が反響を呼び、2011年に医学書院より出版。2018年に「超・幻聴妄想かるた」を自費出版。
久松知子
1991年三重県出身・山形県在住。東北芸術工科大学大学院博士課程在学中。2015年 第7回絹谷幸二賞奨励賞、第18回岡本太郎現代芸術賞岡本敏子賞受賞。
藤浩志
1960年鹿児島生まれ。美術家。NPO法人プラスアーツ副理事長。十和田市現代美術館館長を経て秋田公立美術大学大学院複合芸術研究科・アーツ&ルーツ専攻教授・副学長。
【展覧会の見どころ】
1 さまざまな「えらぶ」を経て生まれた作品
大路裕也氏の抽象画のようにみえる具象作品、視覚障害がある根本将氏が色を選んで線を何本も引いて描く作品、佐藤悠氏の参加者のことばをもとに1つのストーリーが完成する「いちまいばなし」、久松知子氏の現代の様々な芸術観を持つひととの出会いを絵画として残す作品群「思い出アルバムpainting」など、「えらぶ」や「のこす」を想起する多様な作品たちを展示しています。
2 体験型の作品
大量のぬいぐるみが集まり自由に工作などができる藤浩志氏の作品、参加者がくじをひいて出た言葉をお題に絵を描いて残す乾久子氏の「くじびきドローイング」に、東京都世田谷区の就労継続支援B型作業所・ハーモニーの利用者の体験をもとに生まれた「超・幻聴妄想かるた」など、五感で楽しむことができる作品が多数展示されます。大人から子どもまで、多くの方が楽しむことができる空間がひろがります。
3 美術館にできる「意思決定支援」は何か
近年、医療福祉関係法令にその文言が明記され、注目が高まる「意思決定支援」。意思決定支援とは、自ら意思を決定することに困難を抱える高齢の方・障害のある方が、自らの意思が反映された生活を送ることができるために必要な支援です。何かを選び、より良い生活を実現してゆくこと、そしてそれを支えるということ。そこに、美術や文化が社会の中で果たしている役割に重なるものを感じます。今回は、はじまりの美術館という場所にできる「意思決定支援」とは何か、ということも念頭に、本展を企画しています。
4 アーカイブ構築事業をきっかけに生まれた展覧会
はじまりの美術館は、2017年度よりアーカイブ構築事業を実施しています。安積愛育園の中では、活動中に制作されたもの、衝動的に生み出されたもの、コミュニケーションツールとして生まれたものなど、様々な表現や作品があふれています。それらの中から、現場で支援を行うスタッフが「誰かに伝えたい、残したい」と思った表現や作品を記録、保存、整理、公開する試みをしています。活動の中で、時間的にも労力的にも限りがあり、これまで何度も作品を「残す/今は残さない」という選択を行ってきました。アーカイブ作業をきっかけに、「えらぶ」「のこす」という行為に向き合い、それらに思いを巡らし、次につなげるきっかけとなる展覧会として本展は企画されました。